伊旺レビュ

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Author:伊旺(いお)
話好きが昂じてこんな多趣味に。
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夢・出逢い・魔性

406182127X夢・出逢い・魔性
森 博嗣
講談社 2000-05

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 右手があると思うから、左手が弱い。
 味方がいるほうが弱い。
 人は、そういうふうにできている。
 泣かなくなったのは、
 味方がいないことが、わかったからだろうか。
 そう思うと、涙が出そうになる。
(p.177下)


★★★☆
(夢の中、番組、事件、銃声、密室、独白)


TV収録で上京した4人をまた事件が見舞う。
なぜか森さんがTVを舞台にすることはないと思っていたが、彼らしくリアルで現場を客観的に捉えていて、読みやすい。
いつも思うけど、やはり冒頭の抜粋はヒントらしい。

それと、相変わらず題のセンスがいい。
「夢で逢いましょう」はすぐわかるけど、
「You May Die in My Show」はなあ……。
思いつかないよ。

紅子、保呂草、紫子は今回大人しめで、練無がちょっとがんばっている。
紅子はやはり解決パートではきっかり話してくれるが、
練無の独白には参った。
なぜか彼が一番かわいく見える(ほかの女性人を押しのけて・笑)。

人は誰でも仮面をかぶっている、とはよくいったものだ。
今回は、仮面というより「かぶる」行為に視点を置いている。
一緒のように見えるが、根本的には違うだろう。

TV出演ということで、女性二人と練無が注目されるところは、
遊んでるというか楽しんでるなぁと思った(笑)。

まどろみ消去

4061819704まどろみ消去
森 博嗣
講談社 1997-07

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★★★☆
(ミステリィ研究会、三十人のインディアン、全編書き下ろし短編集)


珠玉の短編集。
短編集としては一作目で、犀川&萌絵シリーズを読了の方には、「ミステリィ対戦の前夜」で萌絵に、「誰もいなくなった」で二人に出会える。
微細を言うと、これはシリーズ途中に出された短編集なので、5巻ほど読了なら手を出しても大丈夫かと。
シリーズ読了後は、短編第2弾「地球儀のスライス」へと。

『虚空の黙祷者』
彼を選んだ奥様の心情やいかに。

『純白の女』
根底から違っていたのか。

『彼女の迷宮』
奥さんをほったらかしておくと、後が恐いということで(汗)。

『真夜中の悲鳴』
読みやすくて、結構好き。ちょっとした真夜中事件譚。

『やさしい恋人へ僕から』
森さんの奥さん話かと思った。

『ミステリィ対戦の前夜』
萌絵がミニスカ……そこがヒント(笑)。

『誰もいなくなった』
犀川先生、そんな簡単に解いちゃだめですよ(笑)。

『何をするためにきたのか』
ネットゲームを一緒に戦っている様子が浮かんでしまった。

『悩める刑事』
モリオを疑ってしまった。キヨノが強いのはそういうわけだ。

『心の法則』
カッタ、カッタ、カッタ……。弟は知っているのか?

『キシマ先生の静かな生活』
いい味を出しているキシマ先生。奥様が気がかり。

有限と微小のパン

4061820435有限と微小のパン
森 博嗣
講談社 1998-10

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 触れたかった。
 尋ねたかった。
 確かめたかった。
 騙されたかった。
 カッタ、カッタ、カッタ……。
 真の光が東の空に漏れ始めたのは、それからさらに数十分も後のことだった。
「よく、わからない」
 彼は墓標の言葉を呟いて、眩しさに目を閉じた。
(p.584)


★★★★★
(ソフトメーカ、テーマパーク、死体消失、事件、天才)


ここに完結。
終わったという感じはしないのに、ちゃんと区切りをつけてくれたと思ってしまう。
そして、さびしいとも。
理系人間の私には本当に共感できる文章もあれば、理解するには難しすぎる事柄もあった。
それでも、このシリーズを通して、犀川、四季という人間に触れることができたのが、なによりの収穫かもしれない。
森先生の作品、特に「すべてがFになる」に出会えたのが、このシリーズを読もうと思った一番の要素だろう。
四季に出会えたことが。

ミステリというよりは、世界、雰囲気を思う存分味わえる作品。
疑問点は多々残る。
私は、頭の回転の速い萌絵が、実はわかりやすい人間の性質を持っている点はなぜだろうと思っていた。
作品中の人間は、萌絵を変人の天才のように扱うが、私にとって彼女は人間そのもの。
犀川や四季の方が超越しているように見えた。
その彼女の成長過程を今までに見てきたが、これからどう変わっていくのか。
それが気になる。

あと、犀川が四季に抱いていた感情。
恋慕とか尊敬とか同類とかそんな言葉で片付けるには、あまり簡単に決めてはいけない問題の気がする。
「生命もまた、点滅を繰り返しているのよ」という四季の言葉。
彼の中の声は、彼にしか聞こえない。


+++
ネタばれ注意↓

下記は
http://www.sancya.com/book/book/liter_01.htm
を参考にして。

メモ


・塙理生哉は、8巻「今はもうない」の最後の方で萌絵と遊んでいた子供の一人(もう一人は前作出てきた大御坊)。
・真賀田四季は、再登場ではなく、再々登場。
 詳細は5巻「封印再度」の最後。
・各章の引用文はこれまでの作品からもってきている。
・彼らの「その後」については短編へと。
・犀川の喪失と萌絵の解放。
 犀川の喪失、これは犀川の人格の中心にある、最も原始的で、計算の速い人格の「喪失」のことを言っている。
 真賀田四季の思想に共感し、すべてのしがらみを捨て、研究のみに没頭したがっている人格。
 それが、萌絵という存在が犀川の中で大きくなるにつれ、世捨て人として生きたい、真賀田四季について行きたい(10巻ラスト)という人格は失われていく。
 また、この原始的な人格は最も子供の人格でもある。
 自身の助教授という肩書きによって起こる様々な雑務や軋轢。自由でいたい、という感情が、研究者ではなく社会人として生きていかなければならないという環境によって失われる。
 そういった意味での「喪失」でもある。
 一方の萌絵は、飛行機事故で両親を亡くした現場を目の前で見た。
 そのショックから立ち直るのに、その記憶を意識的に封印していた。
 それが、真賀田四季との会見で呼び起こされる。
 この会話のシーンは作者も言ってるけど「羊たちの沈黙」のシーンのオマージュ。
 そして、萌絵は人の死に絡む事件にやたらと興味を持っている。
 それらは全て死に対する恐れの裏返しだった。
 だが、10巻の真賀田四季との会見シーンでそれを深く呼び起こされてしまった。
 それで、いっぺん西之園萌絵は死んだ。
 萌絵の中の、「両親の死の記憶を封印し、死に対し現実感を起こさせない」、そして「両親の後を追って死を望む」という人格がね。
 萌絵のミステリィ好きもこれに起因するんだけど、この人格は萌絵の中心にある存在だった。
 萌絵もそれまではそういった人格という存在は意識してなかったんだけど、その中心の人格の死(喪失)によって他の人格を意識するようになった。
 10巻ラストシーンで犀川の「僕にこりただろ?」の問いに対し、「いいえ」と萌絵のほとんどの人格がこれを否定した、という表現でこれがわかる。
 つまり、萌絵にとっての中心の人格の喪失は、萌絵にとって「解放」だったわけだ。


数奇にして模型

4061820311数奇にして模型
森 博嗣
講談社 1998-07

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つまり、一本なんてものは、そもそもない。
ただ、どこかで人間が単純化して、一本だと思い込もうとする単位なのだ。
(p.486下)


★★★★
(密室、模型マニア、首無し死体、絞殺事件)


久しぶりの本編(犀川&萌絵の推理)。
模型を主題に、フィギュアでも飛行機でも趣味にしている人たちをめぐる事件。

あからさま過ぎる証拠に、誰もが「まさかね」と思うような犯人。
でも、それほどまでに自分の願いを実現したかったと。

今回、萌絵の珍しい姿もお目見え。
犀川は見なかったらしいが、喜多が見てる。
個人的に犀川の反応が見たかった気もする。

最後の金子の話にそうだったのかと妙な納得をした。
ラストの教会の意味ってもしかして。

今はもうない

4061820168今はもうない
森 博嗣
講談社 1998-04

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★★★☆
(別荘地、密室殺人、美人姉妹、映画、PP)


番外編。
犀川&萌絵のコンビは語らいながら、この事件について振り返っている。
というか、最後でどんでん返しがくるので、そこで話の全貌が見える。

萌絵と叔母が似ているという理由がわかった。
確かに、これを見る限り彼女たちは似ている。
それに、叔母の夫の方が、犀川先生の数倍は自分の気持ちに正直だということが新鮮だった。

自分の別荘を飛び出し、お隣の別荘にお邪魔することになった西之園のお嬢さんは、そこである事件に出くわす。